Second Moon Ⅱ~六番目の月9~
晃は、すぐに奈津美を追いかけた。部屋の外に出ると、大急ぎで階段を駆け降りる音が響き渡っている。
「奈津美さ~ん、待って!」
呼び止めようと声を掛けるが、奈津美の足音は止まらない。晃は猛ダッシュで奈津美を追った。
階段を降り切り、外に出たところで奈津美に追いついた晃は、奈津美の横に並んで歩き始めた。早歩きで道路をズカズカ踏みしめている奈津美は、怒っているのだろうか、隣を歩く晃のことなど眼中にないようだ。
晃は、奈津美の鞄を手にしたまま、競歩でもしているかのような奈津美に合わせて早足に歩く。乗ってきた車から遠ざかっている事が気にならないわけではないが、声をかけられる雰囲気ではないのだ。
奈津美は泣いているのだろう。時々鼻をすする音が聴こえる。
泣いたり笑ったり、怒ったり、感情の起伏が激しい奈津美を見てきた晃だが、肩を震わせ、怒りを地面にぶつけるような様を目の当たにすると、どうすればよいか分からず、ただ早歩きに付き合う事しかできなかったのだ。
しばらく歩き続けていたが、奈津美が急に立ち止まる。一歩遅れて晃が立ち止まったところで、奈津美が口を開く。
「あきら、いつから知ってたの?先輩にオンナがいたとか……あたしは許せないから!」
……あぁあぁー!!もうっ!!……一発お見舞いしてやればよかった……
…………ムカムカする!!…………
歩いている間、かなり泣いていたのだろう。奈津美は、真っ赤な目をして晃を見つめている。化粧が崩れるほど流した涙は、まだ止まらないようだ。次から次へと流れ出る涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった奈津美の肩を掴み、晃は必死に言葉を繋いだ。
「違うよ!彼女じゃない……先輩は一回だけ…」
「一回も二回も三回も、裏切りには変わりない!!晃も一回なら浮気じゃないとか思ってんの?!」
奈津美は晃の言葉を遮った。肩に乗せられた晃の手を振り払い、一歩下がって距離を取る。
…………バカにしてんの?!…………
……じょうだんじゃない!!……
目は吊り上り、凄まじい顔で捲(まく)し立てる奈津美を見た晃は、一瞬、自分が浮気をして責められているのではと錯覚をしてしまう。
「ち…ちちがいますから!」
……って…僕は浮気してませんから……
咄嗟(とっさ)に否定の言葉を口にしたのは、自分のためか、愁への誤解を解くためか。
晃は、一呼吸置くと、突き刺さるような奈津美の眼差しに畏縮しながら口を開いた。
「……先輩、その女の人とは、付き合ってないらしいよ…付き合う気はないって…」
……先輩は…後悔してるんだ……
晃は、奈津美の憎悪に満ちた眼差しに怯え、“死んでも浮気はするまい”と、この時固く心に誓った。
…………奈津美さん…こ…ここ恐いです…………
「は?その女と付き合う訳じゃないのに、なんで香澄が?」
……振られなきゃいけないわけ?!……
……なんで別れなきゃいけないわけ?!……
奈津美は、晃の言う愁の言動が理解できないようだ。
“ホテルでヤッちゃった女”と付き合うつもりがないと言う愁が、なぜ香澄と別れたのか。
なぜ、“年上の彼女が出来た”と香澄にウソを吐いたのか。
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