「……先輩にもいろいろあるみたいだよ…………詳しい事は知らないけど、香澄ちゃんのお母さんが、…………………先輩の実家に来たらしいんだ」

晃も、詳しいことは聞いていない。だが、愁が盆明けに実家から帰って来た頃、実家で揉め事があったと聞いたのだ。
今まで香澄に好意的だった自分の父親が、香澄との交際にいい顔をしなくなったと聞いていた。

「は?……なに……それ……」

奈津美は、何も言えなくなった。
香澄の母親の事は、香澄から時々聞いていた。どんな修羅場になったのか、ある程度予想がついてしまったのだ。

最初は、家を飛び出した香澄に対し、電話で罵声を浴びせていたらしい。だが、“仕送りがなければ泣いて帰って来る”と思っていたのだろう。
ところが、ゴールデンウイークどころか夏休みになっても香澄は帰って来ない。怒りの矛先が愁に向かってしまったのではないか、と奈津美は類推する。

香澄の母親が愁の実家で何をしたのか知らないが、好意的な訪問ではないだろう。香澄が知ったら、苦しむのではないだろうか。晃に食って掛かった勢いはどこに行ったのか、奈津美は、静かに口を閉ざしたのだ。





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