「ちょっと先輩!香澄に言うなって、どーゆーことよ!!」

奈津美は、愁の様子に我慢ならなくなり、大声で叫んだ。


…………香澄は理由も知らないの?…………


…………なにそれ…………



…………勝手過ぎだし!…香澄は納得してるの?…………


沸々と怒りがこみ上げ、振り上げた両腕を思い切りテーブルにぶつける。
“タンッ”と鈍く乾いた音がワンルームの狭い空間に鳴り響く。
その音にビクリと身体を震わせたのは晃だ。テーブルに両手をのせ、奈津美に向かって口を開く。

「な、なつみさん?先輩にも事情が」
「ああきらは、……あきらは黙ってて………………」

奈津美は、口を挟んできた晃の言葉を遮り、釣り上がった目で晃を睨み付ける。
その形相に畏縮して口出しする事を止めたのか、晃はテーブルに置いた手を、膝の上に戻した。

静かになった部屋の中で、奈津美は胸に手を当て、落ち着こうと深呼吸を始めた。感情的になっている自分に気付いたのだろう。


…………襲っちゃった?……


……でも……それなら香澄だって理由が、分かるはず……


……あの子だって悩んでたんだし……


香澄の母親は、“結婚するまでは処女を通すのが当たり前”と言う価値観を植え付けた。
大学に入り、今まで遮断されていた情報が一気に入り込み、周りにいるカップルの事情を聞いて以来、香澄は悩み続けていたのだ。

母親が“フシダラだ”とか、“傷物”だとか、“嫁の貰い手がない”とか、とても聞いていられないような言葉で貶(けな)していた男女の行為について、違った見方がある事を知ったのだ。

交際をしているカップルの大半は、その行為を幸せそうに惚気(のろけ)ている。
香澄が、“自分の方が普通ではないのかもしれない”、そう思い悩んでもおかしくはないだろう。


……かすみが拒んだの?……


実家を飛び出したとは言え、香澄は身体の関係に対しては慎重だった。興味はあったが、度胸はなかったのかもしれない。
愁に我慢を強いているのではと悩んでいる香澄に、奈津美がかけた言葉は、
“香澄は香澄なんだから、自然にそうなった時でいいんじゃない?愁先輩は、待ってくれるよ”
だった。
愁とて、香澄の母親が厳しいことは知っているのだ。純粋無垢な香澄を好きになったはずではなかったのか。

奈津美には、なぜ二人が突然別れたのか、理解できなかった。“身体の関係になる、ならない”で、別れ話に発展するなら、今までにも危機はあったのではないかと思えるのだ。
香澄からの相談を受けた奈津美が愁に訊ねてみた時、愁は、
“香澄ちゃんに無理強いするつもりはないよ、結婚するまで待つ”
そう言っていたのだ。

奈津美は、俯いたままの愁を睨み付け、怒りを必死に抑えながら言葉を放った。





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