Second Moon Ⅱ~六番目の月28~
…………やっぱり…………
…………司、怒ってる…………
……仕事で何かあったわけじゃないんだ……私が何かしたんだ……
寒さだけではないだろう。香澄は背筋にゾクリと何かが走るのを感じていた。
……そうだ…司が優しいから…わたし…甘えてたのかも……
出会った頃と比べれば、香澄は少しずつ司に甘えられるようになったのだろう。気を抜いていたどこかで司の機嫌を損ねてしまったのかもしれない、そう解釈した香澄は、何を言われるのかと、身を硬くした。
司はエアコンのスイッチを入れ、俯いたままじっとしている香澄に視線を投げる。詰問、尋問、拷問、怯える人間を嫌と言うほど見てきた司だ。説教部屋で待たされる子供のような香澄の様子を見て、はっと我に返る。
……何やってんだ…俺は……
バツが悪そうにキッチンに向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。直に温まるであろう今朝ドリップしたコーヒーは、音を立てることもない。電子レンジで温める方が早く、電気代も安いと香澄に教わっているが、今は時間稼ぎとばかりに放置した。
……怖がらせてどうすんだ……
静かな空気の中、司は、どす黒い感情を抑え冷静になろうと何度も深呼吸をする。
…………海堂は知らないっつたな……ホーレンソーを怠ったヤツがいた可能性はあるがな……香澄とは…初対面か?…………
…………あ"ぁぁぁぁ―――!!!!……………聞けばいいだろ!聞けば!…………
司が、“あの男は誰だ”その一言を口にする事を躊躇(ためら)う理由は、香澄の過去にある。“何処で誰と何をしていた”と繰り返し母親に追及されてきた香澄に、同じように問い詰めたくはないのだ。車の中で脳内に台本まで書き上げた司だが、ここにきて再び躊躇(ちゅうちょ)する。
…………香澄は…親の束縛と重ねちまうんじゃねーか?…………
……けど……気になる…よな…………
……台本を思い出せ!……
……“あの黒髪は誰だ”……
…………じゃねーだろ!!…………
……“誰と話をしていたんだ?”……これだ!!…
台本通りにセリフを吐き出せばいい。司は、感情のままに言葉が飛び出さないよう自身に言い聞かせた。同じ内容を問う言葉であっても、聞こえも違えば受け止め方も変わる可能性を秘めている。
手持ち蓋さからだろうか、コーヒーサーバに触れてみる。コーヒーは、なかなか温まらない。そんな事は分かっていた。意味のない行動をし、むしゃくしゃする気持ちのまま、司はリビングに足を向けた。
香澄は、キッチンに移動した司の気配を感じながら、動くことも出来ないままじっと膝に置いた自分の手を見つめていた。司がリビングに入って来た事にも気付かず、俯いたまま。
司が香澄の向かい側に腰を下ろし、ソファーが沈む。その音で香澄は我に返った。そして、香澄は息を飲む。いつもなら隣に座るはずの司が離れて座ったのだ。先ほどにも増して重苦しい空気が室内を覆っていた。
……先に謝ろう……そうしよう……
香澄は、勇気を振り絞り、顔を上げると同時に口を開いた。
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