「なあ」
「ねぇ」

絶妙のタイミングで二人の声が重なった。と同時に、お互いドキリと胸が弾む。ほんの数秒の間、二人は微動だにせず固まっていた。

先に動いたのは司だ。一瞬、胸の中に温かい風が吹き込むと同時に、ぴたりと張り付いていた黒い感情が胸の奥に追いやられたようだ。


…………コイツとは、タイミングが合うよな…………ふっ……


「…………クククッ……なんだ?」

先ほどより柔らかい、どこか楽しそうな声音が香澄に向かう。


…………えっと…………


香澄は、慌てて言葉を探す。司と同時に言葉を発したと気付いた瞬間、胸の奥がほんのり温まるように感じ、しばらく余韻に浸っていたせいだろうか、何を言おうとしていたのか忘れてしまったのだ。

「……えっと…」


……何だっけ?……


言葉に詰まった香澄が顔を上げると、強張ってはいない司の顔が目に入る。だが、ゆっくりと思い返せば、怒っていただろう司の姿が回想シーンのように蘇る。香澄は、司の顔を窺いながらゆっくりと口を開いた。

「つかさ、……怒ってる?」

香澄は、司の瞳を真っ直ぐに見つめている。窺うように、まるで表情から何かを読み取ろうとするかのように。

「…………いや、怒ってねぇ」

司は、香澄の視線から逃げるように目を逸らす。


………ハァ…頭が沸騰寸前だったくせして、バカか俺は……


……落ち着け!!恐がらせてどうすんだよ…………


司は、先ほどまでの香澄、説教部屋で沙汰を待つ子供のような香澄の姿を思い返し、自分を顧みる。抑えきれない怒りは身体中からにじみ出ていたのかもしれない。

「本当?」

香澄は、上目づかいに司を見ている。


…………だって、そっちに座るし、つかさの顔…………表情がないんだもん…………


司は、香澄の膝あたりに視線を置き、瞳を左右に動かしている。何かを見ているようで見てはいない。

「あぁ、怒ってはねー、ただ…………」


…………コイツの声聞いてっと、熱湯がぬるま湯に変わるな…………ふっ…………


先ほどまでの荒れ狂う嵐は、ピークを過ぎたのかもしれない。司は、一呼吸おき、香澄と目を合わせた。

「……ただ……なに?……」

「…………お前、さっき誰と話していたんだ?誰かと一緒にいなかったか?」

司は、少しずつ平熱に戻りつつあった。“一緒にいた男は誰だ”と怒鳴りつけなかった自分にホッとしたのだろう。頬の筋肉が僅かに緩んだ。

「あれは皆川くんだよ」

香澄は、当たり前のように言い放つ。そして、“何でそんな事を聞くの?”とでも言っているかのように首を傾げて司を窺っている。

疾しい事があれば動揺したり隠そうとしたりするだろう。腹に何かを隠している人間には敏感な司だ。香澄の心に曇りがない事は見て取れたようだ。司の緊張は解けた。だが、ホッと一息つくのかと思いきや、そうはいかなかったらしい。緊張の糸が切れると同時に湧き上がってくるのは、別の感情だ。



…………あぁ?……俺はソイツの名前を聞いてんじゃねーぜ?…………




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