外線用のランプを点滅させながら、呼び出し音が数秒間鳴り響く。そして数秒後、留守番電話用の応答メッセージに切り替わる。“本日の業務は終了致し…”と応答メッセージが流れ始めると、

「ヒヒ…ヒトシです…すみません…ゆゆ雪で…ああああの……」

挙動不審なヒトシの声が室内に響いた。ヒトシは、応答メッセージが聴こえていないのか、録音開始の発信音も待たずに話し始めたようだ。“…ました。恐れ入りますが、発信音の後に…”と言う冷静な応答メッセージと音声多重になっている。

「ぶっ…」


……ヒトシのヤツ…慌てすぎだろ……留守電に気付いてねーのか?……


……ま、繋がった瞬間から録音開始設定っつーことは知ってるはずだがなぁ……


……どんだけなげーメッセージ残すつもりだ?……


司は、ヒトシの慌てる様を思い浮かべると、震える腹に手を当てた。とその時、

「ケイタイの電池が切れまして…連絡がピー…」

ヒトシの必死な声音と録音開始合図である“ピー”と言う機械音が重なる。

「…え…あぁあぁー!!…もう三分っすか?はえーよ……」

ヒトシは何やら叫んだ後、落胆した声音で呟いた。とそこで電話は切れたのだ。嵐のような独り言は、電話が切れたと同時におさまった。


……あ?三分?…アイツ、…何言ってやがる…


司は、突然切れた電話を睨み付けながら拳を握った。携帯電話の電池切れから連絡が遅れた事は窺えた。一先ず安堵するが、ヒトシは電話を切ってしまったのだ。

「切りやがった…ったく…勝手に切るんじゃねー!!」

携帯の電源が入らないと言うことは、こちらからヒトシに連絡がとれないのだ。貴重な電話をあっさり切ったヒトシに対し、司は怒りを覚えた。とそこに、その怒りと相反するような声音が落ちる。

「ヒトシは、あの発信音が録音終了だと思った…或(ある)いは……」

ぼそりと呟いた海堂の言葉を拾った司は、ガックリと肩を落とす。慌てふためくヒトシにも、“ピー”と言う録音開始の発信音だけは聴こえていたようだが、“録音終了と勘違いした”と言うのが海堂の見解のようだ。海堂は、今一つ腑に落ちない様子だが。

「はぁ……つーか、三分ってなんだ?うちの留守電は三分録音されんのか?……」

「確かに三分ですが、…ずいぶん慌てているようですね」

パソコンを操作しながらヒトシの位置を確認していた海堂は、大きく息を吐き出した。

「ったく、テメーも出てやれよ…ケータイが使えねーって事は、テメーのケー番、分からねーんじゃねーか?アイツ」

司は、ヒトシの間抜けさに呆れたようだ。どこか憎めないヒトシに対し、怒りも消え失せる。

「……ヒトシは覚えるのが苦手のようですし…名刺に書いてあるここの番号しか分からないでしょう……」

社員が所持している名刺に記載されている会社の電話番号、ヒトシが今連絡できる電話番号は、その番号のみのはずだ。

「くくっ…で、必死に電話してきたんじゃねーか…出てやれよ…」

司の脳裏には、血の気がひいたヒトシの青白い顔が浮かんでいた。海堂は、無表情のままパソコン画面を凝視している。

「…ヒトシはまたすぐ電話してくるでしょう」

海堂がそう告げるや否や、“rururururu―”と再び呼び出し音が鳴り始める。そして、数秒後には留守番電話の応答メッセージに切り替わる。司と海堂は、耳を澄ませた。今度は音声多重ではなく、応答メッセージが最後まで流れ、“ピー”と言う発信音が鳴り響く。



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