司は、香澄に“遅れる”とメールを返し、ヒトシの帰りを待っていた。が、痺れを切らし海堂に訊ねる。

「ヒトシはまだ帰って来ねーのか?」


…………アイツの運転なら、そろそろ着いてもいいんじゃねーか?…………


「はい…………先方からは連絡があり、仕事は済ませたようですが」

海堂は、司の問いに答えると、再びパソコン画面に視線を向ける。既に何度かヒトシの携帯に電話をしているが、電源が入っていないようなのだ。

「携帯のバッテリーが切れたようです。携帯のGPSは使えません…車はここです」

海堂は、車に付いている発信器から居場所を見つけ、パソコン画面を指差した。

「まだこんなとこにいんのか……」

司は、呆れたように画面から視線を外す。

「ほとんど動いていないようですね……」

「そのうち帰って来るだろ、アイツもバカじゃねーし」

“裏切ればどうなるか、それが分からない程バカではない”司はそう思っているようだ。“下條”から逃げ切れるはずはない。捕まればどうなるか、予想はつくだろう。それどころか、死に目を見るのはヒトシだけではない。ヒトシには、史華(ふみか)と言う内縁の妻、惚れたオンナがいる。

「雪も降っているようなので、渋滞にでも巻き込まれているのでしょう」

海堂は、僅かながら動いている画面上の点に胸を撫で下ろした。既に史華の所在を確認し、呑気にスーパーで買い物をしていると連絡を受けている。

「ったく、こっちは雪降ってねーのにな……」

司は、万が一に備え、帰宅を渋っていた。司の会社は表向き、クリーンに経営している。実際にパソコンソフトを開発し、収益を上げている。外から見れば、ごく普通の会社に見えよう。だが、裏では巷(ちまた)に出回る事のないソフトが高額で取引されている。

その高額な金がこの小さな点の中にある。回収し損なえば、大損害。何を運んだかなどは一切知らされず、単なる運び屋のような仕事を任されたヒトシだが、裏切ったとなれば、話は別である。

“下條”のトップである司の義父は、裏切りを許さない。裏切り者を血祭りにあげる悪役は、以前、司が背負わされていた。司が恐れられる理由の一つでもあり、消える事のない真っ黒な闇だ。命乞いをしようとも、情け容赦なく地獄の閻魔と化した。

足元を掬(すく)われぬよう、慎重になるに越したことはない。人は様々な事情で誰かを裏切り陥れる事があるのだ。それを垣間見てきた司は、社員の身内や大事にしている人間は調べ上げている。裏切れない状況を作る事が平穏を保つためになるとは、皮肉なものだ。

「えぇ。社長、話は変わりますが、一つ伝言を受けております」

海堂は、司の身辺整理中、女から司に伝えて欲しいと頼まれることが多々あった。そのまま聞き流していたのだが、この伝言だけは書き留めておいたのだ。女からの伝言を机の上に置いた海堂は、司の反応を窺った。

―――結婚祝いは見付かった?お幸せに

司は、海堂の字で書かれたメモを不思議そうに見ていた。

「なんだ?このメモ」

「不可解な事を言っておりましたので、伝えた方がよいかと思いまして」

「祝いとか知らねーぞ?」


…………店に顔出した時か?祝いってなんだ?んなもん受け取ってねーし…海堂もなんでこんなもん見せるんだ?……


司は身に覚えがなく、そのメモをゴミ箱に投げ捨て、立ち上がる。

海堂は、司の“知らない”と言う言葉に、顔を強ばらせる。“見つかった?”と聞いているという事は、既に何かが司の手に渡っているという事だろう。既に遠い場所にいる彼女らに何が出来よう。何も出来ないのだ。海堂は、“結婚祝い”が厄介な爆弾でない事を祈りつつ、パソコン画面に目を向けた。その時、“rururururu―”と卓上にある電話が鳴り始めた。



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