Second Moon Ⅱ~六番目の月18~
司の提案により、香澄のバイトはテスト期間中休みになっていた。が、今日は人手が足りないからと、マスターに頼まれたのだ。ランチタイムを過ぎたとはいえ、客の出入りは少なくない。いつも以上に張り切っていた香澄は、時間を忘れていた。
「香澄ちゃん、そろそろいいよ…今日は急に、悪かったね。助かったよ」
「いえ、テスト期間だからって休ませてもらって、すみません」
「いや、いいんだよ…」
マスターは、香澄を奥へと促した。従業員用の控室に向かう香澄を見送りながら、香澄が初めて面接に来た時を思い出す。
『接客業の経験はありません。人見知りもありますが、一生懸命頑張るので、よろしくお願いします』
容姿に問題はないが、とても元気とは言えない声と人見知りという側面。採用は決めたものの、正直なところ心配をしていたのだ。
予想に反し、香澄は、教えた事はすぐに身に付け、慣れるにつれて笑顔で接客もできるようになっていった。その笑顔に吸い寄せられるように男性客が寄って来た事もしばしば。声をかけられ困惑する香澄に助け舟を出し、下心のある男性客をやんわり追い払って来た。いつの間にか、自分の娘のように感じ始めていたのだ。
……“下條司”に捕まってしまうとはね……
司は、この辺りでは有名な危険人物だった。飲食店を営んでいたマスターは、“下條”と接点がなかったとは言えない。粋がっていた当時の司を思い起こせば、最近の司は幾分落ち着いたと言えるのではないだろうか。マスターは、そろそろ迎えに来るであろう司を思い浮かべ、顎を擦(さす)った。
控室で着替えを済ませ、ようやく腰を下ろした香澄は、“ブーッ…ブーッ…―”と振動を始めた携帯を手に取った。画面に司の名前が表示されると、香澄の頬は緩み、自然と笑顔になる。
――終わったか?ちょっと遅れる。待ってろ
司からの返信を確認し、携帯を鞄にしまう。“司のちょっとは長くなるかも知れない”と思いつつ、香澄は踵(かかと)から音符を飛ばしながら控え室を出る。
…………寒いけど、月が見たい…………
今日は六番目の月。真夜中には沈んでしまう月。香澄は、マスターに挨拶を済ませると、カフェのドアを開けた。入り口を避け、歩道に立ち、空を見上げる。
既に月は高く昇っていた――
…………寒い……でも……綺麗…………
……もうすぐ半月かぁ……
香澄は、去年の今頃、睡眠不足でふらふらつく身体に鞭を打ちながらバイトにテスト勉強に励んでいた。“テスト期間はバイトを休め”と司に言われた時は、自分の都合でバイトを休む事は出来ないと言い、首を縦に振らなかった。
が、香澄が休んでいる期間は、司が代わりの人材を手配したと言う。既にマスターと話をつけてある司は、真面目な香澄に苦笑いしながら半強制的にバイトを休ませたのだ。
……去年は、月を見上げる余裕もなかったな……
三日月から徐々に満ちる月。香澄は、空高く昇った月から視線を落とし、行き交う車を見渡し、司の車を探した。
その頃司は……
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