「あ、弥生にノート渡すところを見られて、『断れないのか』って」

香澄は、言いながら出口から奈津美に視線を戻した。先ほどのやりとりを思い出し、俯き加減になる。“面倒くさい”と聴こえた時は、チクリと胸に痛みが走ったのだ。

「……アイツなら言いそうだね……悪いヤツじゃないんだけどさ……口が悪いんだよね……」


………高校の頃も、はっきり言えないタイプの女の子にキツい事言って泣かせてたしね……


奈津美は、高校時代の皆川を思い出し、ため息を吐く。黙っていればモテる風貌なのだが、言いたいことをズケズケと言い放つ様は毒舌王と呼ばれていたほどだ。


……あの毒舌に泣いた女子がどんだけいたと思ってんだか……男子には喧嘩売って回ってさ、結局、アイツが勝っちゃうんだけどね…………


高校時代、頭の切れる皆川に口論で勝てる者はいなかった。毒舌王の吐く毒は、正論なのだ。口論だけに留まらず、皆川は喧嘩も強いらしく、皆川に喧嘩を売る男子はいなかったようだ。

奈津美は、皆川が香澄に何を言ったのかを想像しながら眉間にしわを寄せる。


……ノートのコピーが弥生のためにならないとか何とか言いそうだわ…ミナガワなら……


……だけど、アイツが香澄に声かけるって……何で?……


……香澄に興味でもわいた?……まさかね……ミナガワだよ?……告白してくる女子をバッサバッサ切り捨てて泣かせたミナガワだよ?……


……ってゆーか、…アイツ学部違うのに、何でここにいたんだろう……


奈津美は、皆川の不可解な行動に疑問を感じたようだ。疑問が疑問を呼び、考え込む奈津美は、完全に自分の世界に入り込んでいた。香澄が奈津美の険しい顔を心配そうに見ている事にも気付かない。


……香澄に目つけたのかな……ま…香澄が皆川に目移りする事もないだろうし……ミナガワ、足蹴りにされろ!!……


どうやら奈津美は、皆川を害虫予備軍と認識したようだ。眉間に寄ったしわが伸び、香澄に向き直ると、勢いよく口を開いた。

「アイツの言うことは、気にしなくていい!!また何か言われたら、あたしに言って!」

「はははっ……大丈夫だよ……」

香澄は、奈津美の百面相に戸惑いながらも笑って見せる。


……言葉が出てこなかったとは言っても、無視みたいになったし、皆川君に悪かったかも……


奈津美は、香澄の笑顔を見ながら溜め息を吐く。


………香澄はアイツの毒を毒とも思ってないってところ?……ハァ…


……まあ、ナンパしてきたわけじゃなさそうだし……様子を見ますか……


………司さんの気持ちも分からなくは、ないかな…………


香澄は面と向かって告白されることは少ない。香澄は初対面で誤解されやすい。派手に遊んでいるように見られがちなのだ。

告白して来る男は大抵、見た目も中身も派手で軽そうな男。遊び相手を探しているような、そう、昔の司のような……

奈津美に言わせれば、“香澄の一途で真面目な性格を知った上で香澄に惹かれている男は、声をかける勇気もない”と言ったところだ。隠れファンは多いが、当たって砕ける覚悟のある男は少ない。そう、白井のように。

学部も異なり校舎に用事もないだろう皆川が、何故近づいてきたのだろう。奈津美は首を傾げながらもう一度溜め息を吐いた。

教官が答案用紙を配り始めると、講義室は静まり返る。二人は終了時間までシャーペンを走らせた。





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