Second Moon Ⅱ~六番目の月14~
そこには、見たこともない顔。いや、香澄が気付かなかっただけで、同じ授業を半年受けていたかもしれない男子学生が、香澄の顔を呆れ顔で見ていた。
「ごめん、大きなお世話だよなぁ……嫌ならそう言っていいんじゃね?」
男子学生は、頭を掻きながらそう言うと、小声で“めんどくせー”と呟き、通路から香澄の前方に回り、香澄の席に両手を着いた。
香澄は、机に置かれた手に視線を移し、俯いたまま身体を強張らせる。頭上から視線を感じ、落ち着かないようだ。
……わたしだって…奈津美にノート見せてもらったりしてるし……
香澄も休んだ日のノートを奈津美に見せてもらった事がある。断りたいのに断れなかったわけではないのだ。ただ、弥生に渡したノートが何部コピーされて何人の手に渡るのかは分からない。
……わたし……嫌そうな顔してたのかな……
香澄は、頭上からの圧迫感に耐えながら、どう返答しようかと考える。ずいぶん時間が過ぎたようだが、男子学生は香澄の傍から離れる素振りを見せない。
「あのさー」
黙りこんだ香澄に痺れを切らしたのか、男が何か言いかけたその時、
「かすみ~!ごめんね~」
奈津美の声が耳に入って来た事で、香澄は顔を上げた。全速力で戻ってきたのか、奈津美の息は切れている。通路から身を乗り出す奈津美の顔を見た途端、香澄は居心地の悪い空気から解放された気がした。
「奈津美早かったね」
…………良かった……
……初対面の男の人って、苦手なんだよね……
香澄は、安堵の笑みを浮かべ、奈津美の椅子に置いていた鞄を膝の上に移動させた。
「……ハァ………晃、下まで来てた。ハハッ、相当焦ってた……ってあれ?…………みながわ、あんた珍しいね、テストは受けるわけだ、ってこの授業とってたんだ?って、あれ?……」
「……相変わらず機関銃だな……」
皆川と呼ばれた男子学生は、机から手を離し、まっすぐ立つと、奈津美に視線を向けた。
…………奈津美、知り合い?……
香澄は、向き合う二人を交互に見ている。
「あ、コイツ、高校が同じだった皆川、高校の頃さ、バイトばっかしてさ最小限しか授業に出ないくせに、頭はいいから単位落とさないんだよ?全く羨ましいよ……」
香澄の視線に気付いた奈津美は、簡単に皆川を紹介する。
「そうなんだ」
香澄は、奈津美の知り合いだった事で、どこかホッとしたのだろう。皆川に対する警戒心を僅かに緩め、視線を投げた。皆川は、香澄と目を合わせることなく、講義室を見渡していた。
先程からポツリポツリ席に戻って来る学生が増えている。ざわざわと騒がしくなり、そろそろテスト開始時間が来ることが窺える。
「あーそろそろ始まるねー」
奈津美が、腕時計で時刻を確認しながら呟いた。
「じゃ、須崎と友達さん!」
皆川は、そう言うと、入ってくる人の波に逆らうように、人混みに消えていった。
……あれ?…テスト受けないのかな……
香澄は、皆川が出ていく姿をぼんやりと見ていた。そんな香澄の視線を見た奈津美は、
「香澄?アイツと話したの?」
自分の席に座りながら香澄の様子を窺った。
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