Second Moon Ⅱ~六番目の月13~
講義室に入ると、後ろの方から座席が埋まっているのが窺える。座席に荷物を置いたまま、廊下に出て寛(くつろ)いでいる学生も多い。二人は、退出しやすい通路側の席に並んで腰を下ろした。
「はぁ…この先生って八割とらないと単位くれないんだったよね」
奈津美は、テキストを開きながら溜め息をつく。
「うん…私も昨日、必死に勉強したよ…」
香澄も、細かく書き込んだルーズリーフを取り出し、書いた文字を目で追い始めた。とそこに、“ブーッ…ブーッ…ブーッ…”と携帯が震える音が聴こえてくる。どうやら奈津美の鞄の中で震えているようだ。
「あ、晃だ……」
携帯を開いた奈津美は、晃の名前をぼそっと呟いた後、受信メールに目を通し始めたが、穏やかだった表情を次第に曇らせ始めた。
「香澄、ごめん、…………」
奈津美はそう言いながら鞄を全開にし、慌てたように何かを探している。クリアファイルやルーズリーフの束を鞄から取り出し、一つ一つ確認しているようだ。
「………あった!…………」
………良かったぁ………
ホッとしたような笑みを浮かべた奈津美は、心配そうに見ていた香澄に紙の束を向け、腰を上げた。
「間違えて晃のレポートをカバンに入れてたみたい…………持って行って来るわ」
奈津美は、手にしたレポートをバサバサと振りながらそう言い残し、軽快な足音を立て講義室を出て行った。
…………ふふっ……奈津美、昨日は晃くんと勉強してたもんね…………
奈津美が去った方向をしばらく見つめていた香澄だが、昨日奈津美が晃と勉強していた事を思い出し、頬の筋肉を緩めた。
……晃君、カバンを開けてビックリしたんだろうね……
香澄は、嵐のように去って行った奈津美が晃にレポートを渡す姿を想像し、笑みを浮かべた。晃の学部まで走るとなると、奈津美が戻ってくるのは四限目が始まった後になるかもしれないが、問題用紙などが配られる時間には帰って来ることが出来るだろう。奈津美は中学高校と陸上部で中距離を走っていたのだ。香澄は、あれこれ想像しながら、机に出しっぱなしになっている奈津美のクリアファイルを片付けていた。
「ねー香澄ちゃん」
背後から香澄を呼ぶ声がし、香澄は振り返った。
…………弥生ちゃん?…………
「なに?」
弥生は、香澄の背後から机の前に回り込んで来た。荷物だけが置かれている席を見つけ、弥生はそのスペースにしゃがみ込み、香澄を見上げながら、両手を合わせた。
「ノート、コピーさせてもらえない?明日の必修、持ち込み可でしょ?お願い!」
真面目に授業を受けている香澄には、テスト前にこういった申し出がある。決まって、奈津美のいない時に。
「帰るまでに返してもらえるなら…まだ勉強してないところもあるし」
香澄は、カバンからノートを取り出しながら呟いた。
……夏のテストは、直前まで返って来なくて焦ったんだよね……
前期試験の前日、ノートを返してほしいと言えなかった香澄は、テスト直前までノートなしで勉強する羽目になったのだ。
「ありがとう!助かる!コピーして返すから!」
弥生は、とびきりの笑顔を向け、香澄からノートを受け取り階段を降りて行く。この時期、大学内のコピー機は使用者が多く、待っている学生が列をなしていると聞く。弥生は休憩時間内にコピーをして戻って来る事が出来るのだろうか、香澄は諦めたように溜め息を吐く。
「ふぅ……」
俯いたまま、肩の力を抜き、気持ちを切り替えようと、奈津美の荷物を片付けていく。
「君さあ、断れないわけ?」
…………?!…………
突然聞こえた声に驚き、香澄は手を止め、声のする方向を見上げた。
………誰?………
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