「なーつーみ」

「あ……香澄、メール終わった?」


……いけない……回想シーンに浸ってた……


奈津美の耳に、ようやく香澄の声が入ってきたようだ。奈津美は、苦笑いしながら香澄に向き直る。

「うん。ごめんね。奈津美、考え事?」


…………晃君と何かあったのかな?…………


周囲の音が聴こえないほどの考え事とは何だろうと、香澄は心配そうに奈津美を窺う。香澄の神妙な顔を見た奈津美は、精一杯の笑顔を作った。

「テストの事!!今日は頑張らないと落とせないし」

「そうだね、必修落としたら大変だもん」

香澄は、心配をかけまいと明るく振る舞う奈津美に気付くことなく、安堵の笑顔を浮かべていた。その顔を見ていた奈津美は、“やっぱり言えない”と口を閉ざすのだ。


…………香澄は、幸せ?……


……司さんといて……


……香澄が幸せなら…いいんだよ……


……でもさ…………今は…燃え上がってるから、周りが見えてないのかもしれないけどさ…………


………いろいろ大変なんじゃ………


奈津美は、何度か迷いながらも結局言い出せなかったのだ。愁が香澄と別れた本当の理由を。


…………言ったからって…………


……香澄の流した涙は返ってこないんだ……


…………あたしは、どうすればいいんだろう…………


司が香澄を大事にしている事は、香澄を見ていれば分かる。だが、恵理子達の噂や、香澄が時折見せる寂しそうな顔。これから先の香澄を思うと、複雑な気持ちも否めない。


……ヤクザの世界なんか…あたしは知らないけどさ……


…………司さんと出会わなかったら…………


………香澄は………


……愁先輩と……


……ああー!!……


…………そんな事、出会った後で考える事じゃないか…………


…………香澄は司さんの事が好きなんだしさ…………


…………二人の事は…………


…………あたしが口出しすることじゃない……よ……


…………人の恋路を邪魔する奴は、……馬に蹴られて死んじまえって言うしさ…………


奈津美は、自分に言い聞かせていたのかもしれない。愁が直接言わないなら、自分は言うべきではないと。

「次、テストだし、席取りに行こう」

「うん」

気持ちを切り替えた奈津美は、香澄と連れ立ち、四限目の講義室に向かった。





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