結局、その後、愁は香澄には近付かなかった。近付けなかったのかも知れない。キャンパスでも、会わないように気を使っているかのようだった。奈津美も、香澄を気遣い、愁や晃の学部付近は避けて通るようにしていた。

怒りの治まらない奈津美と、頑なな愁との間を取り持ったのは晃だ。奈津美は、晃を通じて愁の近況を聞いていた。少しずつ本心を明かし始めた愁が、奈津美の怒りを助長させたりもしたが、晃が機転を利かせて言葉を選んだせいか、時間と共に穏やかな友人関係に戻っていたのだ。

奈津美は、何度も迷ったが、結局香澄には言えぬまま、愁との約束を守ってきた。香澄は、今でも愁には年上の彼女がいると思っているだろう。

司に出会い、香澄はようやく愁の事を思い出に出来たのではないか、奈津美はそう感じている。今の香澄なら、聞いても深く傷ついたりしないのではと思ったが、言わない方がいい、そんな気がして口を噤むのだ。


…………あの頃の香澄、……見てるこっちが辛かったし…………


別れたその日、香澄は放心していたのだろう。奈津美の携帯が受信した香澄のメールは、普段通りだったのだ。自分の中の自分ではない誰か別人がメールを読み、普段通りに返信していたのではないだろうか。

次の日以降は、消えてなくなるのではないかと言うくらいの落ち込みようだった。


…………愁先輩……これから、どうするんだろう…………


…………就活…死に物狂いで頑張ってたって言ってたし…………


「なつみ?」

奈津美は、香澄が自分を呼ぶ声が耳に入らないほど、物思いにふけっていた。


…………香澄が結婚した事、知らないんだよね…………


………言えないしさ………


……止めようがなかったし……あたしだって…聞いた時は、目ん玉飛び出すかと思ったくらいだし……


「ねぇ奈津美!」

香澄は、身を乗り出した。遠くを見ながら考え込む奈津美に顔を近づけ、もう一度呼びかける。





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